is Neet

ネトゲしながら暮したい

言語化できる人が頭の良い人だと思う

日々色々な媒体で文章に触れていて思う事がある.
当たり前の話なのだけれど, ブログ, 記事, 小説, エッセイ, 2ch, Twitter, Tumblrなどで素敵な文章を読む度に,「なるほど. 言い得て妙だ」と思う.


大体, 人はぼんやりと自身を取り巻く事象に関して何かしらの感想を持って生きている(と思いたい).

Twitterはなんか好き」
facebookはなんか嫌い」
「猥褻物の3Dデータを配布するのは別にいいんじゃない?」
「いや良くない」

などなど.


そして, 「なるほど」と思う文章というのは「なんか良い」「なんか悪い」という小並感漂う抽象度の高い感想を, より具体的に言語化して説明できている場合なんじゃないかと思う.


自分の周りの人でも話していて「なるほど」と思う瞬間が多い人というのは, 例え話が上手だったり, 普段自分がモヤモヤしてる「なんとなくそう思ってる」部分に対して気持ちいいほどしっくりくる言語化をしてくれる人だったりする.


子育ての苦労話を延々とされても, 子育て経験は愚かマトモな交際経験すらない僕には何も響かない.
とはいえ子育てが大変そうなのは何となくの印象として持っている.
そのぼんやりした印象をハイコンテクストな共感を期待して説明するのではなく, 「理解」に落とし所を設定し, そして理解を最大まで共感に近づける事が出来る人もいるだろう.
それが出来るのが頭の良い人なのだろうなと思う.



これを少し敷衍して考えるとある危険性に気づく.
だいたいそうやって頭の良い人に言語化してもらったあと「ホンマそれ」と思ったり, あるいは有識者が書いた記事やブログ何かを読んで「それな」と思ったりする.
面白いツイートをRTした後に「ホンマこれ」ってツイートするアレだ.

冒頭でも書いたように, 誰しも自身を取り巻く事象に関して何かしらの感想は大体持っているので, たまに目にする頭のいい人が書いてる文章読んで「俺もそう思うわ」って言って頭の良い人と同じステージで物事捉えられているつもりになるのって危ないと思う.

ここで僕が表現したい事も, 微妙にニュアンスを伝えきれてないような気もするし, 頭の良い人に書きなおして欲しい.