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is Neet

ネトゲしながら暮したい

哲学を持つということ

今回技術の話関係ない。

サービス開発して行く上でサービスに対して哲学持ったり、生きていく上で幸せとは何かとか自分の価値観に対する哲学とか、まぁ色んな場面で哲学というのは持っておいたほうがいいと思う。 自分でそういう指針を持てない人は宗教やったほうがいいんじゃないかなと思う程度には持っておいたほうがいいモノだと思ってる。

ただ、それは持つならなるべく抽象的というか根源的なところでだけ持っておいたほうがいいんじゃないかなと最近思う場面がよくある。 つまり自分の中で譲れない哲学というのが、より具体的だったり表面的であればあるほど意固地とか頑固者と区別が付かなくなる。

「ユーザはこの機能を欲しているはずだ」という話は哲学でもなんでもなくて、どうせ持つなら「このwebサービスで実現したい価値はxxだ」程度のぼんやりした哲学で十分だ。 その上で色んな人から出てくる意見に耳を傾けて、「このwebサービスで実現したい価値はxxだ」という哲学を判断基準にして決断していけばいい。

哲学を持つというのは、自分の中での判断基準を持つということだと思う。 その判断基準となる材料が、具体的であればあるほど、身動きが取れなくなる。
てきとーなラインで一個だけ持つようにして、あとは日々己に振りかかる決断しないといけないシーン毎に、その哲学にたいしてブレてないかを0.1秒くらいで判断して生きていけばいいんじゃないの。

「俺はカレーしか食わないんだ」ってのは哲学じゃなくて変態だよね。 「うまいもん食いたい」くらいざっくりした哲学で、カレーとかカツとか食べてればいいんじゃないの、って話ね。

まぁどんだけ意識高くても、たまに何もかもどうでもよくなって哲学とかクソみたいなもんに思えて捨て去りたくなる時あるし、そんな時は潔く仕事休んだり学校休んだりしてネトゲでもやろう。